moleskin氏の指摘する問題は問題か

はてなダイアリーmoleskin氏の指摘する問題について、PICSYプロジェクトの人に意見を求めたところ、いろんな意見がでてきました。miki*laboさんもblogでこれへの反論を展開しており、CNETの山岸さんからも梅田さんからの質問に答えるという形で議論をしていますので、紹介したいと思います。最後に、ぼく(鈴木)の意見を書きます。

moleskinさんが指摘するのは、

行列のできるラーメン屋さん

閑古鳥の鳴くラーメン屋さん

あなたはどっちを治療しますか、という問題です。詳しくは、元記事を読んでください。

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【大向】

この手の質問はよく聞くのですが,たいていの場合,

「じゃあ現状の貨幣システムで同じ問題は起こっていないのか」

という問いを立ててみると,やっぱり問題はあるわけです.

「投資家が投資先を選べる」のと全く同じ意味で「消費者は消費先を選べる」ので

その点においては問題は改善も改悪もされていないと思われます.

唯一投資と消費の違いがあるとすれば,投資は未来まで引きずるので,

未来における収益の最大化を考えるならば,そのためになるべく「よい」(微妙な表現ですが)こと

に持って行こうというインセンティブがあるだけで,そのインセンティブは

名医でも藪医者でも同等に適用されるものです.

個人的には「藪医者はいつまでたっても藪医者だ(だからそれが露骨になるシステムはいけない)」

という考えこそ忌むべきものだと思っています.

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【安達】

この話は、資本主義の社会福祉的観点からみた問題点を述べたに過ぎなくて、貨幣システムとはレイヤーの違う問題である。

また、これは寡占が進んだ市場においての話であって(明らかに能力の違う医者が二人ぽっち!)、十分に競争の進んだ市場においては自然解決するものであ

る。   <ー というのも、資本主義のレイヤーの話であって、貨幣システムとは関係がない。

というか、今の所謂SECSYに置いてもmoleskin氏のような話は十分におこっていて、PICSYだけの問題じゃないよぅ

以上が政治経済はセンター試験用にしか勉強した事が無い男が考えた反論ですが、どうでしょうか。

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【伊原】

反論対象の質問は

>そこにやってきたのが

>行列のできるラーメン屋さん

>閑古鳥の鳴くラーメン屋さん

>あなたはどっちを治療しますか,という話ですね.

これでしょうか?

これは、前提条件として患者の症状がかかれていないので、

よくわかりませんが「医者」であるなら、命の危険の高い方を

処置するのが、筋だと思います。

両方処置しなければならなかったら、本人の責任でどちらかを

処置し、救急車を呼ぶとか…両方、救急車よんで乗せるとか…

両方命の危険がないなら、明日きてくれというとか…

他にも、フレーム問題だとか、チューリングテストだとか、ゲーム

理論のような、現実解に於いては分散が大きくて設問として成り

立たないパターンが多いので肝心な議論が破綻し安いと感じて

います。

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【中嶋】

伊原さんも言うように、もとの問題提起は、問題提起というよりは不安の類

だと思います。だから不安を減らすための案を考えてみました。

■案1 : 併用ということばを使う

OSとアプリの問題を混ぜている系の反論(不安)を減らすために、

「SECSYとPICSYの両方を使って世を良くする」 と言うのはどうかな。

僕はWindowsMacintoshLinuxも使います。3つあるほうがシアワセなのです。というかんじです。

でもそうすると刺激が弱すぎなので、

1)まずは「置きかえろ」と言って刺激する

2)でもね、併用するのも素敵なんだよと言って中和する

という二段構えで説明をすると良いかも。実際、多くの通貨みたいなものが財布には

あふれてることだし。。。

■案2: 素朴な質問をなげかける

鈴木) いつでも金持ちばっかり選択する医者を信用できますか?

論客) できないが、それでもその医者は金持ちをかなりの割合で選択するだろう。

鈴木) その割合は、いまの世の中よりも高いですか?

論客) 高くなるだろう。(ちょっと根拠ないのを自覚しつつ)

鈴木) 根拠はないようですが、そうかもしれませんね。

ここまででも不安はだいぶん少なくなってるのでは。

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【山岸】

僕も伝播貨幣を完全に理解したわけではないのでそれこそ鈴木さんに

聞いてみたいところですが、僕はこの指摘はちょっと違うかなという

気がしました。

PICSY社会では閑古鳥のなくラーメン屋よりも行列の出来るラーメン屋に

サービスを提供した方が儲かるという話なんですが、これは微妙なんです。

PISCY社会での財/サービスの価格は相手の貢献度をどれだけ上げられるかという

ことなんですが、それはこんな式で表されます。

 相手の貢献度の上昇分=自分の貢献度X相手に与える評価

評価とは自分に対する貢献比率です。他人に与えられる評価の総和は1になりま

す。貢献度が高い人は少ない評価でも相手の貢献度の上昇の絶対値は大きくなり

ますし、貢献度が低い人はたくさん評価を上げないと相手の貢献度を上げられな

いということになります。そういう意味では価格は一定でも貢献度の持ち分が低

い人は2倍、3倍の評価を相手に与えないといけないということになります。

逆に言えば、PICSYの世界においても医者は相手を選択せずに貢献度の上昇分を

絶対値で設定してサービスを提供するということもでます。

ただ、一度支払われた評価は絶対的(実は自然減するメカニズムがあるのですが

それについてはここでは考えません)でも、評価をくれた人の貢献度が上下すれ

ば、一度もらった貢献度の上昇分も後から上下するということになります。

なので今後貢献度の成長率が高そうな人にはディスカウントするということもで

きますし、今後下がりそうな人には高めに売るということもできます。でも

閑古鳥のなくラーメン屋さんの貢献度がこれ以上下がりそうもないところまで

下がっていれば、リスクプレミアムは乗らないと思います。むしろ良い医療をし

てこの人が少しはましなラーメンを作って世の中に対する貢献度が上がるように

期待しようというのがPICSYのコンセプトだと思います。それでも貢献度が稼げ

ない人にはセーフティーネットの仕組みが必要なんでしょうが、これは行政の問

題なので、決済貨幣と比べてPICSYが劣っているということはないと思います。

第一、医者のリソースは有限だから選択的にサービスを提供すると言っても、投

資対象だって有限なわけで、常に投資効率が良さそうな相手だけを選んでサービ

スを提供していくことはできないと思います。超一流の医者だけがそういう商売

ができるわけですが、それは今の決済貨幣でも同じですよね。PICSYによってそ

ういう構造が助長されるということは考えにくいのではないでしょうか。

と、ここまで書きましたが、僕の理解が間違っているかもしれないので、

このメールを鈴木さんにも転送しておきます。

でも、PICSYの問題点はモデルが新しい分、なかなか理解しにくい(僕も含めて)

ことなんだと思います。もっと分かりやすく、PICSY経済のイメージをみんなが

持てるような仕掛けが必要なんでしょうね。

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【鈴木】

「かくして生産性が高い者は高い物同士で結びつき,一方生産性が低い物は低い者同士でしか結びつけなくなるという」という指摘がありますが、

PICSYの貨幣供給量は人口であるため、生産性が高い者の人口が少ないとすると、生産性が高い者同士、低い者同士で結びつくと、生産性が高い者は生産性が低くなる。なぜ、このようなパラドックスが起きるかというと、実は生産性が高いラーメン屋は生産性の低い人を含めた多くの人に財・サービスを提供しているから生産性が高いわけね。つまり、生産性の高い者同士の結びつきがごく少数でないと、そもそも「彼ら」は生産性が高くなくなってしまうわけです。

したがって、複数の市場の中で、供給不足・需要過多である一部の市場(高級飲食店、ブランド等)に関しては高い者同士が結びつく可能性がありますが、現代のように需要不足・供給過多な社会では、そのような市場はごく一部に限られるでしょう。これは「ごく一部の超一流の医者だけだと」山岸さんも指摘しています。

現実的には、そんなに患者を選べるほど儲かっている病院はごくわずかだしね。医者のような免許制の場合には、供給不足であれば行政的な問題で解決をすべきだし、自由市場の場合には、他社参入が起きて供給不足を解決してくれます。

もうひとつの論点は、そのような一部の市場において、SECSYに比べてPICSYのほうが、消費者を選択するインセンティブが強いかどうかです。多くの指摘にあるとおり、消費者を選択するインセンティブはSECSY(通常の決済貨幣)にもあります。そのインセンティブは、供給不足に起因するものであって、予算制約のある任意の貨幣システムで一定のはずです。大向さんや安達さんが指摘しているとおり、PICSYでもSECSYでもインセンティブの大きさは変わらないわけです。要は、インセンティブが発生した後の、消費者を選考する際の判断基準がPICSYとSECSYでは違っているのです。SECSYでは、現在多くのお金を持っている人を選ぼうとするが、PICSYでは、将来の成長率が高い人を選ぼうとします。

この点を明確にするために、

行列のできるラーメン屋さん

閑古鳥の鳴くラーメン屋さん

という当初の設定を以下のように変えて考えてみてください。

借金だらけの行列のできるラーメン屋さん

親からの資産を食い潰す閑古鳥の鳴くラーメン屋さん

当初の設定では、PICSYでもSECSYでも行列のできるラーメン屋さんが選択されるでしょうが、変更後の設定では、SECSYでは閑古鳥の鳴くラーメン屋さんが選択され、PICSYでは行列のできるラーメン屋さんが選択されやすくなるでしょう。PICSYイノベーションやがんばっている人に優しい貨幣なのです。

また、多くの論者が指摘しているとおり、一旦選択してしまった後で、患者をよりよく治そうというインセンティブは、SECSYに比べてPICSYのほうが強くなります。

供給過多・需要不足の多くの市場においては、山岸さんやmiki*laboさんが指摘しているとおり、閑古鳥の鳴くラーメン屋さんを治療したいという医者が儲かる可能性もかなりあります。(現在の株価が高い株を買えば儲かると思っている株屋さんはいませんよね)

ただ、これらの判断による計算コストの問題を見逃すわけにはいきません。ラーメン屋さんのように不特定多数をあいてに商売をする場合には、選択をしてもしなくても、人数が多いので期待値は統計的にならされてしまいます。逆に、数十社までを相手にするような会社は、SECSYな社会でも取引相手をかなり慎重に選択していたでしょう。そうすると、PICSYによって新たに判断インセンティブが発生するのは、数百から数千人(社)を相手にするような業種なのではないでしょうか。

それから、結局のところ、価値が伝播することによって、ミクロな経済倫理を底支えしたいというのがPICSYの願いなので、投資だからといってあまり計算しすぎて取引をするのは少し嫌ですね。けれど、その時の資産によってではなく、能力を持っている人が少しだけ優先権をもてるような社会は、よい社会なのではないでしょうか。

経済は、計算によって成り立っているのではなくて、物語によって支えられているというのがぼくの経済思想です。こうやってPICSYによって新しい物語経済ができないのかを模索しているのです。

ちなみに、階級社会をつくるのが目的じゃありません。

階級社会が固定化を意味しているなら、SECSYよりもPICSYのほうが循環しやすい性質をもっているので、固定化しにくいでしょう。

PICSYのほうが貧富の差が広がるかどうかについては、オープンプロブレムです。人間の行動ですから、実際に実験をしてみないとわからないでしょう。また、中嶋さんや伊原さんの指摘しているとおり、OS(貨幣)の問題というよりも、ミドルウェア(税制、年金)やアプリ(取引される財の性質)によっていくらでもコントロールできるので、現実的にはさほど心配する必要はありません。

山岸さんや中嶋さんの言うとおり、PICSYはわかりにくい面もあり、とっても根源的なレベルからの主張であるため、不安感を取り除いたり、イメージをわかりやすくする工夫が必要ですね。

というわけで、中嶋さん、gumonjiお願いしますよ。