平成の松下幸之助 近藤淳也

ISEDにおける司会の仕事は、講演者の魅力をいかに引き出すかという編集者のようなものです。しかも、「わかる人にはわかる」というレベルから、「誰でもわかる」というレベルへもっていかねばなりません。

今回は事前に4回も打ち合わせにつきあっていただいて、近藤淳也の魅力を十分に引き出すことができたと思います。

詳しくは、いずれ掲載されるであろう議事録のほうを見ていただくとして、ぼくが近藤淳也の仕事をどのように見ているかについて書きたいと思います。

ネットコミュニティ通貨に興味があったぼくは、はじめて「人力検索はてな」を見たときから、そのセンスのよさを感じていました。その後、たてつづけに「はてなアンテナ」「はてなダイアリー」をリリースし、有力サイトに成長していきます。

しかし、ぼくにとって「はてな」は「他サイトのよい仕事をまねしてバランスよく当たり前のことをしっかりと実装する」という評価以上のものはありませんでした。

と同時に、もしかしたら将来面白いことをやるかもしれないという可能性も感じていました。

ぼくはその可能性にかけて、司会をひきうけることにしました。あまり研究会に貢献できないのではないかと心配している近藤さんを励ましながら、「どこをポイントにすれば聴衆の目をひくか」「何を足せば近藤さんの意図が伝わるか」を指摘するのが、編集者たるぼくの仕事でした。

今回の研究会の事前うちあわせで議論したはてなの大量の試みのうち、「はてなアイデア」と「会議のpodcasting」がもっとも注目すべき試みであることは、星空に月を見つけるのと同様に簡単なことでした。

近藤淳也のつくったサービスのうち、ぼくが高く評価しているのは、今回の議論の中で注目をあびた「はてなアイデア」のみです。予測市場自体はすでにある仕組みですが、彼の行った独創的な新結合は、それを企業とユーザとのコミュニケーション・プロセスに組み込んだところです。

通常、ユーザから企業に対しての苦情や要望は、ユーザの視点にたったものであって、企業の視点にたったものではありません。苦情や要望を公開して人気投票をしても、この問題は解決されず、増幅されるばかりです。

たとえば、「有料サービスの価格を半額にしてほしい」というのは、ユーザ側からみた一方的な要望にすぎず、人気投票では上位にランキングされても企業が採用しがたいものです。

人気投票では「ユーザとして何をしてほしいか」という視点になりますが、予測市場では「企業が何をするか」という視点になります。これによって、非現実的な提案は低い価格になり、ユーザが企業の気持ちになって判断するようになります。

ぼくの言葉でいえば、「なめらかな視点」が形成されたのです。

「社会契約論」においてルソーは、一般意思という概念を提唱して、民主的な方法が成立する条件を提示しました。一般意思は、個人の意思の集合ではなく、ひとりひとりの個人が全体の利益を考えた結果です。楽観的なルソーの意図に反して、一般意思などというものはただの一度も実現しないまま、近代民主制は運営されてきました。

予測市場の方法を、地方自治体の運営に生かすことなどが研究会では議論されましたが、この話はISEDの枠を超えて、2日目のシンポジウムの参加者たる大教授や国会議員の方々にまで影響を与えはじめています。

経営の神と呼ばれた松下幸之助は、「水道哲学」など、経営の世界に数々の革新をもたらしました。彼のやったのは、個人が倫理的に経済活動を行うことがひいては企業の繁栄をもたらすということを訴え続け、それを苦心の末、実証し続けたことです。

近藤さんのやり方は多少違うようですが、新しい経営のパラダイムを作り上げていき、きっと他の経営者のリファレンスとなることでしょう。

彼は職人的な美学をもっていて、造ることを通して思考し、意図の言語化を嫌うところもあります。そうした中で、これだけ充実した議事録を、彼が真の力を発揮する前に公開できることは、編集者冥利につきます。

近藤さん、どうもありがとう。