ひとつの旅の終わりは新しい旅の始まりでもある。
いま新幹線の中で、ひとつ前の旅について記している。
6月中旬に、山口で開催された人工知能学会に参加した。池上さんと岡さんが主宰するオーガナイズドセッション「マッシブデータフロー」で発表するためである。
セッションの前日にスピーカー同士で飲んでいるときに、明日のセッションは最後マグノリアみたいにかえるが大量に空から降ってるといいよね、と飲みながら話していたら、かえるさんというあだ名の言語学者が飲み会に乱入してきた。どうやら森田君の知りあいらしく、スペンサーブラウン代数やら、圏論やら、郡司さんやらの話をした。宿にかえって寝ていると、深夜にかえるは大合唱しているし、ユングのいうところのシンクロニシティがあるとしか思えない。
話の内容は、寺田寅彦の「化け物の進化」から始めた。寺田によれば、科学には化け物が必要不可欠である。化け物がなくなると科学の進化は止まってしまう。化け物が生まれては解消し、消え去ることにより新たな化け物が生まれる、この永久運動こそが科学という営みである。寺田の主張をぼくなりにまとめれば、「化け物が分かる科学」と「化け物が見える科学」が永久の振幅運動をするのが科学というプロセスということだ。寺田のエッセイにはないのだが、これに加えて「化け物をつくる科学」というのがある。サイバネティクス、人工知能、人工生命、ロボティクス、ARなどの分野がこの系譜にあたるだろう。残念ながら、これらの分野も成熟してきており、科学者のほとんどは化け物をつくる気など毛頭ない。
発表では、化け物をつくる科学のひとつの例として、伝播委任投票システムの話を紹介した。そして胃の集合知投票から森の意識をつくる可能性について話をした。
他の人たちの発表もすばらしくて、吉井さんは複雑系の科学を使って広告システムの分野で実際にマッシブデータをぶん回していて、増田さんはいつも通り絶妙な設定のテンポラルネットワークのモデルを紹介し、岡さんは脳のデフォルトモードネットワークと同様のものがウェブにもあるのではないか、和泉さんは可能世界ブラウザというツールでマッシブデータと向かい合う方法を、清田さんはマッシブデータがビジネスの現場でどう使われているか、廣瀬さんは未来日記というあんまり当たらないけど最後は当たる未来予測で人間の行動がどう変わるかについて話をした。
最後のパネルディスカッションのときに、荘子の「無用の用」がこの日の発表の執拗低音を形成しているのではないかと切り出した。というのは、行きの飛行機で河合隼雄の「昔話の深層 ユング心理学とグリム童話」をたまたま読んでいたからである。その第4章に「怠け者」についての考察があり、荘子がちょうど引用されていた。昔話には、合理的で仕事熱心で周りの役に立つ人が失敗し、怠け者がなぜか一番うまくいって成功してしまうという話が多い。グリム童話「ものぐさ三人むすこ」、「糸くり三人おんな」、「なまけものの糸くりおんな」、「ものぐさハインツ」、日本の「三年寝太郎」、「物くさ太郎」などである。これは昔話を道徳的な説話と捉えると大変奇妙な話である。だがユング心理学風に、働き者と怠け者を、意識と無意識の対話として捉えると分かりやすい。怠け者こそが、意識が抑圧している無意識の願望であり、創造性の源泉なのである。
役に立つという現象は、役に立たない世界のめくるめくまでの豊穣さに支えられている。役に立つことばかりを追い求めてると役に立たないどころか大変な問題にぶちあたり、逆に役に立たないことををしていると結果として役に立つことがある。どうもこれは世界の真理のようで、今回のいくつかの発表でこれに関連する話があった。ビッグデータは役に立つことを目指しているようだが、マッシブデータフローは是非「無用の用」を目指して欲しいものである。
世界や他者を利用、コントロール、制御しようとすればしようとするほど、世界や他者はこぼれ落ちていってしまう。善意をカモフラージュしても無駄で、人間の無意識はどうやら気づいてしまうようだ。これは最近、何人かの人と話していて感じていることである。
学会が終わった後、広島平和記念公園を訪れたが、これが大変すばらしかった。原爆ドーム方面から平和記念公園に歩いて入ってきて、鞍型のモニュメントから原爆ドームを望むとその間に平和の灯が見えるその位置で、たまたま事前知識なしに振り返ったのである。曇天、傘をさすほどでもないかすかな雨の下、夕暮れの原爆ドームに灯がともる光景に、自然と手を合わせざるをえなかった。
霊的な空間を作るのがうまいなと設計者のイサム・ノグチと丹下健三に関心したが、後で説明員に聞いたところによると平和の灯は公園開設後10年後くらいにできたものらしい。もこもこの木とか、最初の設計模型にない要素が後から付け加えられてさらによくなっているというのも、この公園のまたすばらしいところであり、関わる人々の強い想いを感じる。
翌日は、平和の灯の源流を求めて、空海が開いて以来1200年燃え続ける火があるという、宮島は弥山にある不消霊火堂(きえずのれいかどう)に向かった。照葉樹林の弥山原始林がまたすばらしい。山頂近くに大日堂というお堂があり、誰もいないのでひとりで大日如来にむかって小一時間ほど真言を唱えつづけた。なるほど、お堂にこもるというのはこういうことなのか、あと2日くらいここにいたいという気持ちになった。
弥山のふもとに大聖院という立派なお寺があるが、ここがまたいい。護摩堂の前でろうそくに願をかけることにした。不意に、ここしばらく望んでいながら決してかなうことがないであろう願いを書いてしまった。いくら無意識とはいえ、決してかなわない願いを書いてどうするのかという思いにもなったが、次の日に護摩堂にまた来ると、ろうそくがあまりにも雄大な形状の跡を残して燃え尽きていたので、大変晴れやかな気分になった。
ふと見上げると、護摩炊きを終えた坊さんが4人の女性にちょうど説法を始めるところであった。その坊さんの笑顔と表情があまりにもすばらしくて、話の中身は聞こえないのにずっと聞いていた。ああ、こんな素敵な表情の人がこの世にいるのかと感嘆することしきりで、すると、声は聞こえないのにだんだん何をいわんとしているのか分かるようになってきて、なんだかとても爽快な気持ちになったのである。あの素敵な坊さんは無用の用を極めた存在に違いない。願がかなおうがかなうまいが、もうどうでもいいなという気持ちになって帰ってきた。以前は、自分の欲望の願をかけるなんて仏教の思想とあわないのではないかと思っていたが、そもそも願をかけるというのは自力ではどうにもならないことがあるということを受け入れるプロセスであり、他力や縁起の入門編なのかもしれないと思うに至った。
帰りの新幹線で、また河合隼雄の「昔話の深層」を読んでいると、第7章にかえるの話がでてきた。かえるは水陸両方で生活するので、意識の世界と無意識の世界を媒介する存在なのだという。旅の最後にまたかえるに出会ったのである。