今日はCシャツという小さなプロジェクトの話をしよう。
今年にはいって、クリエイティブ・コモンズをはじめとするオープンコンテンツの未来を考え、ADOC(Application Driven Opensource Contents)という概念が重要だという認識に至った。そのアイデアをまとめ、wikiとwikipediaのような「アプリケーションとコンテンツの幸せな関係」を構築することが、オープンコンテンツ普及の何よりの駆動要因になることを、情報通信ジャーナルという雑誌に寄稿した。
この原稿は4月に書いたものだったが、ほぼ同時期に、ADOCに興味があるメンバーを国際大学GLOCOMに集めて小さな会合(と飲み会)を開いた。そして9月、クリエイティブ・コモンズ・ジャパン主催セミナーのパネル・ディスカッションの企画と司会を依頼されたとき、ぼくの脳裏にこのメンバーの顔が即座に思い浮かんだ。
彼らの力を借りればCシャツが実現できるかもしれない。イベントのわずか3週間前だったが、Cシャツの企画書をADOC-MLに送った。のりのりのメンバーは、当日の予定を次々にキャンセルし、「クリコモのWeb2.0的ライフスタイル ~未踏クリエーターの創造する風景~」に集った。類まれに優秀なメンバーの力を集約し、Cシャツはパネル当日の朝に稼動を開始した。
同じくパネラーとして参加したローレンス・レッシグ教授は、多少のおせいじはあるかもしれないが、以下のようにこのパネルを総括した。
「私がCCのイベントに参加してきた中でこれほど興奮する内容ははじめてだと思います。(中略)これほどパワフルですばらしいものを見たことがありません。感銘を受けました。これをWeb2.0と呼ぶのは失礼かもしれません。Web3.0とかWeb4.0くらいまでいっていると思いますよ。
」
このコメントをはじめとして、パネルの様子は、ソフトバンク・クリエイティブのサイトからCCライセンスつきで動画配信
されている。ロフトワークのサイトでも、写真つきでレポートが載っている。
朝日新聞でも記事になり、icommonsのウェブサイトでも取り上げられた。
【Cシャツのストーリー】
さて、Cシャツとは、一体どんなサービスなのだろうか。パネラーの紹介とともに、このサービスのコンポーネントを説明しよう。
尾藤正人は、ウノウ株式会社のCTOで、2003年度未踏ユースに「みかん - サーバ自動選択型FTPサーバの開発」で採択されている。ウノウでは、日本版Flikrともいえる写真共有サービス「フォト蔵」を開発、多くのユーザを集めている。フォト蔵は日本でもっとも早くCCを採用したネットサービスのひとつであり、CCライセンスで公開された写真をAPI経由で検索することもできる。
洛西一周は、慶應義塾大学修士課程の大学院生で、人気フリーソフト「紙」の作者だ。2003年度未踏ソフトでNOTAを開発し、スーパークリエータに認定された。洛西の開発するNOTAは、Flashをベースとしたウェブデザインツールで、ウェブ上で直接オーサリングすることができる。その意味でwikiに近いが、WYSIWYGでレイアウトができるので、ユーザビリティは圧倒的に高い。また、NOTAはソーシャルウェアのプラットフォーム的な存在でもあり、任意のFlashアプリをその上で実行させることができる。
神原啓介は、はてなのエンジニアで、Willustratorというウェブ版のIllustratorを個人で開発し、2005年度の未踏ソフトでスーパークリエータに認定された。Willustratorは単にイラレをウェブにもってくるというだけではなく、CC創作の連鎖を可視化させ、リミックスを自然に行うことができるようにトータルに設計されている。
安斎利洋は、コンピュータアーティストとして、このような創作の連鎖を生み出すワークショップをこの十年の間に数百回も行ってきた。その活動は、連画やカンブリアンとして知られている。2005年度の未踏ソフトでは、このカンブリアンを発展させ、スーパークリエータに認定されている。安斎の開発した連鎖を可視化するソフトウェアは、非常にクオリティが高く、私は見るために眩暈を覚える。
彼らの作品をマッシュアップし、私は以下のようなストーリーを考えた。
君が街を歩いていると、なかなかよさげなTシャツを着ている人がいる。Tシャツに印刷されているQRコードを携帯で撮り、URLをゲットする。家に帰ってPCからURLを開くと、君が街で見たTシャツのデザインがNOTA上に表示されている。日本版flikrともいえるフォト蔵で公開されている12万枚のCCライセンスの写真から、好きな写真を検索して貼り付けることもできるし、ドロー系のイメージをwillustratorで直接編集して、ロゴの曲線を好みの形に変形させることもできる。あるいは、NOTAで文字を追加して、メッセージ性を強く押し出すことさえできる。注文ボタンを押せば、ドロップシッピングサイトのfactioに連携し、そのデザインのTシャツは2週間もすればあなたの手元に郵送されてくるだろう。そして、そのTシャツが、また誰かの派生元になるかもしれない。
Cシャツはまだアルファレベルだが、あなたは実際に誰かのTシャツをリミックスして、Cシャツを発注することができる。ロフトワークに登録する4人のクリエータと安斎利洋さんから素材を提供してもらっている。それらを自由に使ってもらってもかまわない。
【Cシャツ、その可能性の中心】
Cシャツの可能性の中心とは何だろうか。
1.ソースを意識しないウェブオーサリング
通常、Illustratorのデータを共有したければ、".ai"のファイルをアップロードしたりダウンロードしたりという操作が必要になる。これに対し、NOTAやWillustratorで他の人の作ったコンテンツをリミックスするときは、ソースを意識する必要はない。なぜなら100%ウェブで動き、データも常にサーバー上でコピーされるからだ。アップロード、ダウンロードの手間隙を劇的に下げるだけではなく、そもそもIllustratorを持っていない大多数のユーザに対しても、オーサリングの自由度を与えることができる。実際、Wiustratorの開発者の神原氏は、Illustratorを持っていないので自分で作ったそうだ。
2.誰もが微remixing
買い物に行ったときに、だいたいよいけど、ちょっとだけ気に食わない、ということがないだろうか。Cシャツは、オリジナルのTシャツのデータを自分で編集できるので、誰でもちょっとだけremixingができるようになる。誰もが一からコンテンツを制作できるクリエーターというわけにはいかないが、ちょっと書き換えるだけなら誰でもできる。
3.CCコンテンツがサイトを越えて再利用
Cシャツでは、フォト蔵にアーカイブされた写真をNOTAに取り込んだり、willustrator上のデータをNOTAでレイアウトしたり、NOTA上のデータをドロップシッピングサイトの
factioに受け渡したりされている。CCコンテンツは、サイトの間を自由に行き来する。現在、CCコンテンツがサイトの垣根を越えて利用されることは少ないが、こういったコンテンツの再利用のされ方こそ、CCが本来目指していることなのだ。
4.ネットとリアルの連動
ネットで作られたものがリアルのTシャツになり、そのTシャツを見た者がネットに触れるというように、ネットとリアルが見事に連動している。このことは、「生活全体」に対してオープンコンテンツが影響力を持つことを示している。オープンコンテンツが生活全体に普及しなければ、われわれの価値観は決して変わることはない。
5.オープンコンテンツのまま報酬を分配可能
CCライセンスのコンテンツがサイトを超えて連動し、最後にはネットではなくリアルなグッズとして販売されるので、報酬を逆伝播させて支払うことも可能だ。これはすべてが投資の貨幣、伝播投資貨幣PICSYの発想ともよくあう。コンテンツをオープンライセンスで公開することに対して、経済的なインセンティブをつけることも可能になるのだ。クリエータに報酬を分配することは重要だ。それは結局、多くのクリエータをオープンコンテンツの世界に誘導させるインセンティブを与えるからだ。
ローレンス・レッシグは、このうち、3つ目の「サイトを超えた再利用」と、5つ目の「クリエーターのインセンティブ」について、特にCシャツを評価している。
Lessig Letterで、レッシグは以下のように論じている(英語:日本語)。
C-shirt が重要なのは、それがヴェルサーチに取って代わるからではない。そうでなく、我々が Web 2.0 の原則をコンテンツ層に拡張する可能性を示しているからこそ C-shirt は重要なのだ。これまでのところ、Web 2.0 まわりの興奮の多くは、容易に交流し合うのを可能にするモジュール技術に関するものだった。CC は容易に交流し合うのを可能にするモジュールコンテンツの構築を容易にする。創造のコミュニティは、このようにコンポーネントがこうした共同作業を明確にひきつけるようになって実現可能になる。
これが CC の重要な狙いの一つである:ウェブにおける多様な創造的なプロジェクトが交流し合うのに必要な自由を実現する、コンテンツ層における単純で、フリーで、しかも伸張性のあるインフラの構築である。
【Cシャツの未来】
パネルの後、10月26日にMicrosoft主催のREMIX Tokyoというイベントで、Cシャツのワークショップを行った。
12月のロフトワークさんのクリスマスパーティでもCシャツのイベントが行われる予定である。
その後。。。いまのところ考えているCシャツの未来は以下のようなところだ。
・多言語、多国対応をする。
・ネットとリアルの連動を追及し、Second Life上のシャツを買えたり、逆にCシャツをSecond Lifeで着れるようにする。
・サッカーのワールドカップを目指して、CシャツではなくCボールをつくる。
Cシャツプロジェクトは、多くの人々の協力を得て進められている。ここに、そのうちごく一部の人の名を、感謝とともにあげておこう。
コーディネートチーム
ドミニク・チェン
松本昂
小石祐介
野口祐子
テックチーム
洛西一周(NOTA)
神原啓介(Willustrator)
尾藤正人 (フォト蔵)
石井学
アーティスト
安斎利洋+中村理恵子
ロフトワーク登録デザイナー
Takako
JUN OSON
J2
しげ
サポート企業
株式会社ロフトワーク
林千晶
小林利恵子
藪下さん
有限会社Pied Piper (factio)
津上和徳
山田進太郎
株式会社サルガッソー
企画・プロデュース:鈴木健
Cシャツそのもののオリジナルのアイデアは、国立情報学研究所助手の大向一輝と、クリエイティブ・コモンズ・ジャパン事務局長の野口祐子とのブレストで生まれてきたものだ。