会社は誰のものか 1.資本分配率と労働分配率

ぼくが最初に会社は誰のものかという問題に疑問に思ったのは、かれこれ20年ほど前のことです。それ以来、断続的にこの問題を考えてきましたが、ライブドア-フジテレビ問題のおかげで、一躍社会的なトピックになりました。

一応、このブログはPICSY blogなので、時々は経済の問題について書かないといけないと思っていたので、2~3回にわたって、この問題を取り上げたいと思います。

近代的な所有権についてはロックの議論が起源とされています。その後、私的所有権がどのように社会的に認められてきたかという過程の研究はかなりなされています。ひとたび私的所有権を認めても、株式会社という制度で私的所有がいかに問題になるかについては、岩井克人の「会社はこれからどうなるか」等のすぐれた議論があります。

一方、私的所有権自体に対する社会哲学的懐疑は、プルードンマルクスなどによって提起されており、古い歴史を持ちます。

また、その背景にある私の身体は私の所有物であるという見方については、立岩真也の「私的所有論」や昨今の認知科学神経科学におけるownershipについての知見などを使わない手はありません。私的所有の生物学的起源はどこにあるのでしょうか。

それらについて交えつつ、PICSYにおける所有権の考え方についても紹介しておきたいと思います。PICSYは、いわば私的所有権と共有財の中間という第三の道を歩もうとしているからです。

さて、その第一回のテーマは、「資本分配率と労働分配率」です。初等経済学を学ばれた方には馴染み深い概念ですが、それ以外の方は聞いたこともないでしょう。まず、この分配率について知るためには、マクロ経済および企業会計における付加価値について知らねばなりません。

ある人が、メンマとナルトと麺を仕入れて、ラーメンを作ったとします。このラーメンを自分で食べてしまってもよいのですが、誰か他の人に売ったとします。ラーメン一杯分のメンマが10円、ナルトが10円、麺が100円仕入れとしてかかったとして、仕入れ価格の総計は120円です。この120円のラーメンを200円で売ったとすると、彼は200円-120円=80円の付加価値を生み出したことになります。

では、仕入れたものをさかのぼってみましょう。100円の麺は、麺職人が60円で仕入れた小麦粉を10円で仕入れた水と混ぜあわせて作り出したものです。麺職人の作り出した付加価値は100-60-10=30円です。

小麦粉は製粉会社から仕入れいているわけですが、小麦を農家から40円で買って小麦粉にする付加価値は20円。それで60円として売っているわけです。

農家は、農地の借地代や種代、農薬、肥料代を払っているでしょう。

このようなラーメン一杯200円というのは、さまざまな生産者の付加価値の総和ということになります。各々の仕入れ価格は、それ自体が前の生産者の付加価値の総和です。付加価値の総和に新たな付加価値を付け加えて、別の生産者に売り渡すわけです。これをサプライチェーン(供給の連鎖)といいます。

一番最初の付加価値は、自然からとってくるものです。たとえば、森にすんでいる人が、森できのこを採集して町の人に売ったとします。このきのこを作るのには一銭もかかっていませんが、きのこを採集して売るという付加価値を生み出しているわけです。これを一次産品といいます。

ラーメン一杯200円が消費者に売られるというプロセスを見るときに、3つの見方から価格を統計処理することが可能です。

一つは、生産者がどれだけ付加価値を積み重ねてきたかという点でみると、ラーメン一杯200円は何千、何万という生産者のサプライチェーンの中で作られるわけです。これを生産面といいます。

二つ目は、生み出された付加価値は誰かの収入として懐に入ります。これを分配面といいます。(勘のいい人は、これが資本分配率と労働分配率に関係していることがわかりますね。)

三つ目は、200円のラーメンを買う人は、何か別の仕事をして分配された収入を使って、その200円を支出をしているわけです。これを支出面といいます。

さて、国家全体の会計を考えて見ましょう。

1年間に生産した付加価値の総和(生産面)

=1年間に分配された付加価値の総和(分配面)

=1年間に支出の総和(支出面)

が等しいことがいえます。これを国民総生産における三面等価の原則といいます。

これで、みなさんが国民総生産のデータを見るときの視点が変わったと思います。

このうち、分配面が今回のテーマとなります。最初のラーメン屋さんに戻りましょう。ラーメン屋さんは、最初に1000杯分の単位で素材を仕入れないといけないとします。一杯120円なので、12万円が必要になります。あいにく、このラーメン屋さんは、3万円しかもっていませんので、残りの9万円を調達しないといけません。一つの方法は銀行にいって借金をすることですが、このラーメン屋さんは投資家にお金を出してもらいました。3万円は自分でもっていたので、9万円を出してもらいました。

ラーメン屋さんがラーメンを1000杯売り終わった後には、8万円が残りました。これが付加価値です。ラーメン屋さんは、自分が一生懸命働いたのだから、6万円を自分の労働賃として、残りの2万円を出資比率の3:1で分割して支払いました。結局、ラーメン屋さんの手元には、出資した3万円の他に6.5万円、出資者の手には出資した9万円の他に1.5万円が残りました。

彼は8万円の付加価値のうち、6万円を労賃としましたので労賃の割合は75%となります。この75%を付加価値の労働分配率といいます。残りの25%を資本分配率といいます。

2005/3/14号の日経ビジネスに興味深いデータが載っていました(興味深いとはいっても、電卓と財務諸表さえあれば誰でも計算できます)。直近の付加価値が180億円以上の増益企業の労働分配率と付加価値に占める株主配当金の比率です。残りは内部留保となるので、表には自明に書いていません。内部留保は、どのように分配、利用されるか決まっていないお金ですが、いつでも会社は解散できるため資本分配率に含まれます。

まず、労働分配率が圧倒的に低い会社を見ていきましょう。

リコーリース 2.3%

住商オートリース 6.8%

オリックス 9.2%

などが目に付きます。驚くべきことに、資本分配率が90%以上あるわけです。これらの金融系の会社は、人間が汗をかいているのではなく、お金が汗をかいているとみなされているからです。

では、株主配当率が高いかといえばそうではなく、

リコーリース 0.4%

住商オートリース 0.8%

オリックス 0.7%

と押しなべて低いのです。ほとんどは内部留保にまわされているわけです。

次に、労働分配率が圧倒的に高い会社をみてみましょう。

DTS 80.7%

富士ソフトABC 78.9%

メイテック 77.1%

DTSと富士ソフトABCはSIer大手ですし、メイテックは技術者アウトソーシングの会社で、いずれもシステム開発の会社です。人はIT系というと、一度プログラムを書けば使いまわせるイメージで労働に対する生産性が高いと思いがちですがそうではなく、システム開発は人が汗を書く世界ということになります。

株主配当率が圧倒的に高い会社をみてみましょう。

日本オラクル 22.7%

HOYA 18.2 %

武田薬品工業 16.4%

などが目だちます。日本オラクルは、米国オラクルの子会社ですが、日本の株式市場で公開しています。高い配当率は、米国本社への利益還元の一種とみることができます。HOYA武田薬品工業は、株主重視をコーポレートメッセージにしている会社です。

日本を代表する企業の労働分配率と配当率はどうでしょうか。

トヨタ 42.1% 8.1%

キャノン 34.4% 6.8%

といった具合です。

このように、業態や会社の方針によって、労働分配率と資本分配率、配当率はさまざまに分布しています。この数字は、会社ごとの「会社は誰のものか」というひとつの客観的な指標を与えているように見えます。

会社は社会に付加価値を出し続けています。システム開発会社のように労働分配率が高い会社は、付加価値の源泉を労働とみなさざるを得ません。リース会社のように資本分配率が高い会社は、付加価値の源泉を資本と見ているわけです。

ライブドアはオン・ザ・エッジ時代に、ネット系のシステム受託開発をしていました。典型的な高労働分配率会社だったのでしょうが、できるだけ労働分配率を切り詰めてIPOに成功しました。現在の財務諸表を読み解く限り、その資金を元にM&Aを重ね、消費者金融を中心とした金融が大きな収益を占めているので、資本分配率の高い会社になっているのでしょう。

このエントリーは、ミクロ、マクロ、ミクロときたので、最後にマクロで話を閉じようと思います。

これらの各企業のデータをすべて集計すると、国民総生産全体における労働分配率を見ることができます。日米の比較データが以下のサイトに載っていますが、なかなか興味深い結果が見られます。

http://www.president.co.jp/pre/20050307/002.html

米国は、ここ20年ほど労働分配率が63%から68%の間にあり安定していますが、日本は55%から71%と大きく変動しています。

米国の労働分配率が長期にわたって一定なのは有名な話で、アメリカの上院議員ポール・ダグラスがこれを発見し、数学者のチャールズ・コブにこのような現象を満たす生産関数が存在するかをを尋ねたことから、コブ=ダグラス型生産関数として経済学の教科書に紹介されています。

経済学の教科書では、日本の労働分配率も一定であるというデータを載せていますから、もしこれが本当だとすると、非常に興味深いといえます。日本総研さんのデータ解析能力をどう見るかですね。