寺田寅彦2 化け物の進化

世界に化け物が満ち溢れているほど、そこには科学が芽生える。もしかしたら、京都で優れた科学者が育まれたのは、京都に化け物が多いからかもしれない。

小林秀雄の講演「信ずることと考えること」は、そうした化け物に対して知識人がとるべき態度について扱ったものである。世界から化け物を追放しようという偏狭な科学者に対して、小林秀雄ベルクソンを引用しながら、化け物との付き合い方を教える。

寺田寅彦はさらに過激に、化け物を増やせという。

このような化け物教育は、少年時代のわれわれの科学知識に対する興味を阻害しなかったのみならず、かえってむしろますますそれを鼓舞したようにも思われる。これは一見奇妙なようではあるが、よく考えてみるとむしろ当然な事でもある。皮肉なようであるがわれわれにほんとうの科学教育を与えたものは、数々の立派な中等教科書よりは、むしろ長屋の重兵衛さんと友人のNであったかもしれない。これは必ずしも無用の変痴奇論ではない。

不幸にして科学の中等教科書は往々にしてそれ自身の本来の目的を裏切って被教育者の中に芽ばえつつある科学者の胚芽を殺す場合がありはしないかと思われる。実は非常に不可思議で、だれにもほんとうにはわからない事をきわめてわかり切った平凡な事のようにあまりに簡単に説明して、それでそれ以上にはなんの疑問もないかのようにすっかり安心させてしまうような傾きがありはしないか。そういう科学教育が普遍となりすべての生徒がそれをそのまま素直に受け入れたとしたら、世界の科学はおそらくそれきり進歩を止めてしまうに相違ない。

通俗科学などと称するものがやはり同様である。「科学ファン」を喜ばすだけであって、ほんとうの科学者を培養するものとしては、どれだけの効果がはたしてその弊害を償いうるか問題である。特にそれが科学者としての体験を持たないほんとうのジャーナリストの手によって行なわれる場合にはなおさらの考えものである。

こういう皮相的科学教育が普及した結果として、あらゆる化け物どもは箱根はもちろん日本の国境から追放された。あらゆる化け物に関する貴重な「事実」をすべて迷信という言葉で抹殺する事がすなわち科学の目的であり手がらででもあるかのような誤解を生ずるようになった。これこそ「科学に対する迷信」でなくて何であろう。科学の目的は実に化け物を捜し出す事なのである。この世界がいかに多くの化け物によって満たされているかを教える事である。

寺田寅彦 化け物の進化 昭和四年一月

こうした寺田寅彦の化け物論は、宮崎駿の問題意識と通底するものがある。

現代人に化け物が見えなくなっているほうが問題だというのだ。

佐藤くんには、化け物が見えているので、後は付き合い方の問題だけなのだろう。

寺田はさらに、化け物と科学の共進化を唱えている。

要するにあらゆる化け物をいかなる程度まで科学で説明しても化け物は決して退散も消滅もしない。ただ化け物の顔かたちがだんだんにちがったものとなって現われるだけである。人間が進化するにつれて、化け物も進化しないわけには行かない。しかしいくら進化しても化け物はやはり化け物である。現在の世界じゅうの科学者らは毎日各自の研究室に閉じこもり懸命にこれらの化け物と相撲を取りその正体を見破ろうとして努力している。しかし自然科学界の化け物の数には限りがなくおのおのの化け物の面相にも際限がない。正体と見たは枯れ柳であってみたり、枯れ柳と思ったのが化け物であったりするのである。この化け物と科学者の戦いはおそらく永遠に続くであろう。そうしてそうする事によって人間と化け物とは永遠の進化の道程をたどって行くものと思われる。

この感覚は、科学者の生の感覚に非常に近いものと思われる。

化け物なきところに科学はなし。科学によって化け物はどんどんとまた化けていく。

ぼくには、人間が化け物に見えて仕方ない。

目下、ぼくの目前にいる化け物は、ホムンクルスとか、自由意志とか、こっくりさんとかそういったものだが、これがまたどう化けていくか、先は読めない。