5年以上前に買って積ん読状態だった、ラッセル「西洋哲学史3」をぱらぱらと読んだ。笑える。
ルソー以降、みずからを社会改革者と目するひとびとは、二つのグループ、すなわちルソーに追随する者とロックに従う者にわかれてきた。時には両者は協力したのであり、両者が互いに相容れぬものだと考えない個人も多くいた。しかししだいに、その不両立はますます明白になるにいたった。現在では、ヒットラーはルソーの帰結であり、ルーズヴェルトやチャーチルはロックの帰結である。
また、ニーチェの段においては以下の通りである。
しかしわたしは、ニーチェの哲学に対する究極的な反論が、不愉快ではあるが内的に首尾一貫しているすべての倫理に対する反論と同じように、事実に対する訴えではなくて、感情に対する訴えにあるように思う
そして、ニーチェを批判するために仏陀をもってきて、仏陀とニーチェを対談させるのである。ニーチェがツァラトストラに語らせたのだから、仏陀に語らせてもいいだろうというウィットである。
プリンピキア マテマティカみたいなのを書いておきながら、こういう文体も書けるのが偉いよなあ。