国立科学博物館に欲しいもの

今日は、地下3Fの物理の後半と2Fの日本技術の展示を見てきた。国立天文台の四次元デジタル宇宙プロジェクトの成果があったりして、ああこれがタイセイが観てきたやつかとか思ってみた。まーいろいろ面白かったんだけど、とにかく霧箱だ。

この年にして初めて霧箱を見たけど、これほど美しいもんだとは思わなかった。霧箱は、宇宙線を観るための道具で、ウィルソンによって1911年に発明された。ラザフォードに「物理学の全歴史を通じて最も独創的な装置」といわしめたらしい。

10分くらい、ずーっと眺めていたのだけど全く飽きない。ちょうど海にいって砕ける波を飽きずに見ていられるのと同じ感じだ。隣で、科学者っぽい風貌のお父さんが6歳児にやたら詳しく説明している。

別の子供は、「わー面白い」と言っているが、どう面白がってるんだろう。宇宙線という言葉と、霧箱で生成し崩れていく輝線のヴィジュアルイメージが同時に立ち上がるという体験をしているだけで、十分価値があるに違いない。

これからはありの観察じゃなくて霧箱だなと言っていたら、思ったより簡単に作れるものらしい一家に一台霧箱だな。

2Fの日本技術の歴史の展示は、あんまりそそられなかった。零戦とか、自動車が置いてあったのだけど、ぼくにとってはどーでもいいということを自覚した。かわりに、関孝和和算の免許皆伝書にそそられた。

国立科学博物館に足りないものとしては、「情報科学」「パターンの科学」「人体の科学」(脳科学も含む)があるだろう。

情報科学こそ、実は博物館に適しているという逆説的な帰結があって、たとえば、ビットの概念(logと情報量)とかは適当な体験学習方法があるはずだし、レゴマインドストーム版のチューリングマシンのとか置いたりするのも楽しいだろうし、計算とは物理過程の切り出しとして実現するという感覚も身につけられるかもしれない。

パターンの科学のコーナーでは、雪の結晶や流体、貝殻、果てはチューリングパターンで縞が生成される魚の剥製まで、展示して面白いものはたくさんありそうだ。

人体の科学は、人体の不思議展の常設版+より科学的な視点をいれるとよい。ペンフィールドの驚愕すべき実験とか、万人が知っていてほしいなあと思う。